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山口市で桜といえば【大内文化】の象徴「一の坂川」へ。

【一の坂川】

このお店をおすすめする人

REA編集部

井上 塚田

西ノ京、山口といわれるこの地をつくった大内氏。京都の鴨川に見立てたというこの一の坂川は、春には約200本の満開の桜がみられる、花見の名所です。2019年の春も満開の桜が多くの観光客を楽しませていました。川沿いには長年この地域のしょうゆ文化を支えてきた三間地醤油店でしょうゆアイスも堪能できます。

大内氏も種田山頭火も歌った一の坂川


その昔、京都に憧れた大内氏が、京都を模して街づくりをしたのが山口だと言われています。


周防と長門の有力な守護大名だった大内氏は、京の都にあこがれて自分の本拠地山口にも同じような都を作りたいと考えたのです。


応仁の乱で京の町が戦乱に巻き込まれると、都の貴族や僧侶などの大勢の文化人が山口に避難してきました。大内氏は彼らを保護し、そのため大内文化という雅(みやび)な文化が西の山口で花開いたのです。


その際町の中央を椹野川(ふしのがわ)へ続く川を、京都の鴨川に見立てたのが、この「一の坂川」です。


大内氏が滅亡するまでの約200年もの間、栄華を極めた大内文化の中心となった一の坂川は、春には満開の桜や草花、初夏はゲンジボタルが飛び交い、四季折々の美しい散策道となっています。


川沿いに大内盛見(もりみ)の歌がありました。


とふほたる おもひのみこそ しるへとや み草かくれに よるはもゆらむ


真っ暗な闇を恐がりもせず飛ぶ蛍は、自らの想いだけを道しるべがわりに飛ぶと言う。自分は、み草の陰に隠れて一晩中飛ばない蛍のようであり、そのうち、夜は燃え尽き、朝が来てしまう。小さな虫に負けないように、先行きの読めない困難な時代を乗り切ってゆかなくては・・・。


小さな蛍から大きな励ましをもらっていたようです。


また大内氏はこの近く居館を構え、京の春をうたったものでもありますが、まさにこの川の風情をうたったものでもあります。


みわたせば 柳桜をこきまぜて 都ぞ春の錦なりけり


また大内家だけではなく「漂泊の俳人」種田山頭火も次のように歌っています。


おいとまして 葉桜の かげながく すずしくて


「葉桜」という季語と「すずしくて」という言葉から、桜が散ってしまった後の陽気のなかに涼しさを感じるという句です。


昔の権力者から現代の俳人まで、一の坂川は多くの詩人を惹きつけているのです。


一の坂川に咲く約200本のソメイヨシノ


蛍で有名な一の坂川ですが、春になると川の両岸には約200本のソメイヨシノが咲き誇ります。


本数としては決して多くないのですが、眼下を流れる一の坂川と両端の街並みに満開の桜がなんとも風情のある景色です。

まさに西ノ京。


桜だけではなく川岸に咲く野草も春を感じます。


この日は8分咲きというところでしょうか?


平日だったのにもかかわらず、町並みは多くの方々がいらっしゃり、その景色を楽しんでいました。


マンホールの絵柄も蛍と桜があしらわれており、桜の季節が終わってもすぐに蛍の季節ががやってきて、また訪れた大勢の人でにぎわうことになります。



川には琴水橋やさくら橋など、多くの橋がかかっていますが、橋の形が中央でふくらんでおり、橋から川や桜の風情が感じられるようになっています。


現在では天花橋や亀山橋あたりでホタルがよく見られるそうです。


ホタルも大内氏が京都から山口に持ち込んだものが始まりだといわれています。


京都から山口に嫁いできた姫君のために、宇治からわざわざホタルを取り寄せたのです。


一の坂川周辺にはオシャレなカフェや趣のあるお店も


川沿いを散策していると、にぎわっているお店がありました。


「しょうゆアイス」の幟に惹かれて店内に入ってみると、お雛様が!



店主曰く、「お花見の季節に訪れる方々を楽しませたい。」との粋なはからいでひな人形を飾っているとのことでした。


現在は代替わりをして醸造はしていないとのことでしたが、実際に醤油づくりをしていたその建物は天井が高く、大きな梁が通っており醸造をしていた当時を感じることができます。



店内で販売されている醤油は、醸造していた当時のヤマヨの味に最も近い下関の会社の醤油を取り扱っているとのことでした。

骨休めに虹色ラムネやアイスの甘味も


幟に出ていた醤油アイスを購入し、川沿いのベンチで食べました。


優しい甘さのバニラアイスに、ほんのり醤油の香りが鼻に抜ける、初めて食べる味わいのアイスクリームでした。


味わいはキャラメル味のアイスに似ていますが、最初の香りは確かに醤油の良い香りなのです。


また虹色ラムネも秀逸なサイダーです。


使われている素材も天然素材で、体に優しく昔のラムネのような刺激的なものではなくやさしく上品な甘みがします。



松重のしょうゆ玉は阿知須で作られ、ここら辺の人なら知らない人はいないというぐらい親しまれてきた飴玉です。


昔はほっぺたが膨らむようなもっと大きな飴玉だったそうです。


三間地(みまじ)力(ちから)、生代(いくよ)さんご夫婦がやられているのが三間地醤油店です。


先代の与一さんがコメ・醤油・酒の販売を始められたことから、お店が始まったのです。


醤油というのは小麦と大豆、そして塩水の3つの原料を組み合わせて作られます。


小麦と大豆を等量配合し麹(こうじ)箱にいれ、室(むろ)という断熱材の入った2重の壁がある特殊な部屋に入れて15~7時間ほど寝かせ、外に出して撹拌したあと再び室に戻して三日後に出来上がるのが麹です。


麹づくりには温度、水分、室温管理に細心の注意が必要です。


できた麹と塩水を合わせて空気撹拌した後、二年近くの熟成を経て諸味(もろみ)ができるのです。


諸味を醤油袋にいれて圧搾してできる絞り液が生揚(きあげ)です。生揚をアミノ酸と調合してできるのが調整醤油です。


調整醤油を30日間ほど置いた後火入れを行い、塩分、砂糖、アルコールを加えて味を調えます。


大豆が醤油のうま味を、小麦が香りを、そして塩水は雑菌が繁殖しないように消毒目的で使われます。


三間地さんが醤油づくりにおいて特に重視されたのは「香り」です。現在は三間地の醤油そのものは味わえませんが、よく似た風味の醤油を皿に少し垂らすだけで、やさしい香りを楽しむことができます。


残念ながらお年のために、製造のほうはやめることになりましたが、醤油店の灯を消さないために、県内の醸造所から三間地が作ってきた醤油に似た醤油を探し求めて選び抜いたものを店頭に卸しているのです。


山口県内にもたくさんのしょうゆがありますが、例えば萩の醤油は山口市内に比べてとても甘いといいます。


三間地さんの醸造所は昔ながらの木造建築で、一の坂川周辺でも珍しい建物になってしまいましたが、土間にいると風通しがよく、醸造の塩っけのために除菌がされているため、いつまでも丈夫でいられるのです。


この記事を書くころには一の坂の桜も葉桜となり、あれだけにぎわった観光客の姿も少なくなりましたが、6月に入ると今度は蛍の季節がやってきます。


桜の時期を逃した方も、山口においでの際は蛍の季節をご検討ください。

一の坂川
住所
山口県山口市後河原中後河原
営業時間
なし
定休日
なし
主な客層
市民、観光客
平均予算
不明
お問い合わせはこちら083-934-2810